命について考える機会をいただきました(^0^)

2018年5月12日に、私が世話人をしている「がん患者グループ ゆずりは」の定例会議に音羽観音寺(奈良県)副住職佐々木慈瞳氏が来られ「いのち」についての講演をしていただきました。(写真の左が佐々木住職です。右は、ゆずりはの会長です。)

~いま、ここにある「いのち」を考える~

今を生きる会員さん、病気を抱えている方、介護、看病をしている方、ご家族をがんで亡くされた方々など、色々な背景をお持ちの方々です。みなさん真剣なまなざしで、佐々木住職のお話に耳を傾けました。

佐々木住職が関わった方々、緩和ケア病棟で出会った患者さんや家族なと、表現力が豊かな住職は、短い繋がりの中で、関わった人の「いのち」を次の世代の「いのち」に繋げていく様子がお話から伝わってきました。

講演が終わった後で、皆で縁になって語り合いました。

「いのちを分ける」

自分の命ってなに?自分だけのもの?亡くなってしまったら無くなるもの?

皆さん、頭の中で色々な考えが頭を巡りました。一人の方は、物語りと物語が少しづつ重なり合っていくもの。とてもロマンチックな表現で語ってくださいました。

私は、自分の命は、関わった人の命と合わさり生き続けていくもの。関わった方の命も私の中に生き続けていくバトンを渡し合って生き続けていくものではないかと思いました。近い関わりだと、祖父、祖母、父、母の思いも私の中に生き続けています。早くに亡くなった私の友人も、私の中に生き続けています。

自分だけのものではないもの。繋がっている。大きくひとつもの。

人は、人の鏡といいますが、出会った方々の影響はすごいものがあります。互いに鏡となり繋がり成長していくものであると思います。

佐々木住職も、いのちは「鏡」と言っていました。鏡と鏡が重なり合って、相手の鏡に自分が写り、自分の鏡に相手が写りと、色んな鏡が重なり合っているもの。

皆さん、真剣に「いのち」について話あって、心が温かくなる講演会でした。

この会の名前な「ゆずりは」です。「ゆずりは」の名前の由来は、春に枝先に若葉が出たあと、前年の葉がそれにゆずるように落ち葉となり落下する姿が、名前の由来です。次の葉っぱに「いのちを分ける」それが繰り返されるのですね。

私たち繋がりながらエネルギーを与え合いながら生きているのだなあ。と改めて考える機会を与えていたたきました。

(ゆずりは)

★☆★ スタジオプラーナ神戸  齊藤 ★☆★

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