★サットサンガ★  善い人との集まり~個の自分から大我へ

かぼちゃの画像

サットサンガとは、サンスクリット語(インドの古い言葉)です。サットは、真理、純粋なもの、善きものという意味です。サンガは、集まりという意味です。

日々、色々なことが起こりますよね。自分一人では解決できないことも多くあります。そんな時は感情の起伏が大きくて、自分をうまくコントロールできないときがあります。そんなときに「サットサンガ」に参加するのはとてもいいですよ。個の自分で考えていたことが、大きな視野で物事を考えることができるようになります。社会の中で私たちが苦しむ原因の多くは、お互いの繋がりが感じられないということから来ています。家族とさえも本当の繋がりがないと感じている方も多いのでは・・・

自分の弱い部分、悩みや悲しみを話すのはとても勇気がいります。しかし、人は人との関わり合いの中でしか見えないもの、そして成長もできないのです。人との関わりのなかで自分を客観的に観る、新たな自分を見つけることにもなります。真実を語り合う家族の繋がりは、まさに「サットサンガ」です。

真実を語り合う善き集まりを持っていますか?コミュニティー、共同体があるかないかで、心身の健康状態が変わります。自分自身も自分の言葉で話し、相手の話を深く聞いて、愛を持って話し合いましょう。

人間は、それぞれがかけがいのない命を生きているのです。 互いの立ち位置で創造しながら、互いを尊敬し、思いやりをもって、話し合っていきましょう。

上の写真、どうして「かぼちゃ」なのかしら?と、思われた方もいるのでは・・・

実は、今年の春に参加したワークショップで禅の僧侶である藤田一照先生から、かぼちゃの話を聞いて、それが、まさに「サットサンガ」の大切さを教えてくれました。かぼちゃ同士が討論しているのですが、自分は、自分は・・・と、お互いに自分の主張を譲らないかぼちゃ達。その時、そばにいた和尚さんが、「さあ。みんな自分のアタマに手をやってごらん」かぼちゃ達は、みんなおのおの自分の頭に手をやってみましたら、アタマの先っぽはへんなものがついています。なんだろう?と、その先をたどってみると、一本蔓にみんなが繋がっているではありませんか? たった一つの命を生きていたのです。

自分、自分と思っている間違った視野、小さな個体を生きているのは事実ですが、しかし、本当の自己は個体以上のものでなければならない。個の自分から、大きな生命の一部としての自分を感じる為には、やはり「サットサンガ」、他者との真実の繋がりを持つことで、いろんな出来事や他人の問題も自分の為のことであることに気づくのでしょうね。私も、まだまだ「サットサンガ」を繰り返していきたいです。個の自分から大我へ・・・

9月30日(土)の15:30~ マインドフルネス瞑想会を開催します。まさに、互いに同じ時間の中で委ね合いながら瞑想します。私の小さな「サットサンガ」です。お仲間になりませんか?

★スタジオプラーナ神戸★齊藤

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